阪神淡路大震災〜あれから14年

あれから、もう14年も経つのかと時の経つのの早いことを思う。
此処吉野でも飛び起きたくらいの揺れで神戸、淡路が悲惨なことになっていた。
直ぐにつけたテレビに次々と悲惨な状況が映し出された。
近鉄線は動いていたので神戸に勤めていた夫と本町に行っていた次女は出かけて行き私と長女は出かけていった二人を心配しながらテレビにかじりついていた。
次女は天王寺まで行ったら地下鉄が止まっていて会社に電話したら自宅待機とのことで直ぐに帰ってきた。
夫は夜まで帰ってこず心配していたらとにかく西宮の工場まで行ってきたとのこと。
その時の職場のポートピアにあったホテルとは連絡が出来なかった。
それから数日、被害は益々広がり家族それぞれ同僚や友人の安否の確認に必死になった。
私は御影に住んでいた親友と連絡がつかず、随分気をもんだが1ヶ月くらい経って娘さんの家に非難していることが分かってほっとしたが家はつぶれてしまっていた。
その彼女も大変苦労した後亡くなってもう居ない。
彼女が直接震災で亡くなったのではないけれど、彼女のことを想う一日である。