おばぁちゃんのお見舞い


今日、ポストにくもんのポスティングの夏休みの宿題袋に算数のプリントが2部入ったものがはいっていた。昔のことを懐かしく思い出した。私がくもんをしていた頃、夏休みは朝のラジオ体操の帰りに来れるように6時半からしていた。これは、父兄に評判が良かった。子供たちもラジオ体操とくもんといっぺんに片付くので機嫌よく来ていたが、こちらは大変で5時半に家を出て教室に向かい6時半からお昼までが幼、小学生。午後4時から中、高生で10時過ぎまでしていた。自宅から教室まで一駅だったが歩きもいれると40分くらい掛かったので、結局弁当持ちで休憩時間に採点などして朝から晩までくもんに掛かりっきりだった。今から思うとよくやったものだと思う。若かったのだなと思う。しかし、それで晩ご飯は11時とか12時になりすっかりお腹周りがメタボになってしまった。手足は細いままなのに胴周りだけが膨らんでスタイルが見る影も無くなってしまった。

今日は、次女夫婦と姑の所に見舞いに行ってきた。途中、ロイヤルホテルに昼食を摂りに寄ったら結婚式をしていて表のチャペルの前で集合写真を撮っていた。今日は良い天気で青空で白い雲がむくむくと浮かんで白いドレスは映えていたけれど流石に暑いだろうなと思った。

おばぁちゃんは、わりに元気で、次女夫婦のことも良く解っていたので良かった。24,25日とショートステイに行って来たとのことで大きい病院に行ってきたと話してくれた。道明寺の駅前にサントリーの工場があった跡に新しい介護施設がこの春オープンした。この前私達夫婦と兄嫁とで見学に行って新しいし家からも近いので此処に決めようということになっていたのがやっと実現したのだ。でも、外面が良いのでしんどくても我慢していたらしく帰ってくるなり「もう絶対、行きません。家が一番良いから」と言ったらしい。私達が「お風呂も入れてもらって気持ち良かったでしょう?また、時々行ったら良いね」と言うと「そやねん、気持ちよかったわ」と答える。兄嫁には甘えているのだ。それでも、私達が行ったので3時のお茶には、起きて椅子に座って一緒に持っていったケーキとコーヒーを飲んでご機嫌だった。「あて(姑は自分のことをそう言う)もあと2年で100やから」と言うので「はよ元気になって100歳のお祝いをせんとね」と言うと「いや、そこまでは生きてるかどうか?」「大丈夫よ、まだ」そんな会話をして帰ってきた。