メダカの池

やっと出来上がったメダカの池

おばぁちゃんの所やゴルフ観戦で1週間ほど庭を放っておいたら雨有り、カンカン照りありで庭の雑草が伸びてなんか猛々しい感じになってしまった。26日は病院の予約があったので行き、帰りにアルルへ寄ってユカの誕生日のプレゼントを買ったり食料の買い物をしたりして1日潰れてしまったので、昨日、今日と庭の掃除や植え替え、メダカの池を買ってきた水草をいれて新しくセッティングしたりした。メダカは卵をそのままにしておくと孵った赤ちゃんを食べてしまうので卵だけ取り出して小さいキンギョ鉢に移す。少し前からこの作業はしているので今は5ミリくらいの小メダカがうようよいる。玄関脇のパンジーがいよいよ駄目になったので新しい花を植えようと思うが、ナメクジが多いので土を一度掘り返して昨夜はビールを置き今夜はナメクジの薬を撒く。夜になると出てくるので塩水と割り箸を用意してナメクジ狩りをする。連れ合いが、懐中電灯片手に夜の庭を徘徊する私に「近所の人が変に思うで」と言われながら「これがエスカルゴやったらいっぱい採れていいのにね」と言いながらやはり花たちが気になって夜の庭をさまよう日々である。明日はいよいよ玄関脇の花を植えよう。

さて、話は変わるけれど、昨日の朝日新聞天声人語に現代のサラリーマンの「のむ、うつ、かう」は、のむは胃腸薬や胃カメラ、うつはうつ病、かうは宝くじなんだそうである。「当たったら辞めてやるっ!」と夢見ながら買うらしい。私も時々ジャンボ宝くじを買う。宝くじは抽選日」までが楽しい。どんな夢も見放題だから。そんな庶民にフランスのコクトーが「金持ちになった貧乏人は贅沢な貧しさをひけらかすだろう」と書いているらしい。言い得て妙であると思った。見放題の夢と言っても大したことも思いつかないものだと実感するものがある。所詮庶民の見る夢はささやかなものだ。