楽しいデイト

yosinonosato2006-11-17

クリスマス飾りのハービス入り口


昨日は、同級生のA君とTちゃんと三人でデートした。
以前、3人で行くはず(というよりA君が誘ってくれたゴルフのツアー見物が
雨で流れたのの代わりに、計画してくれたのだ。
12時30分を12時と間違えて早く着いたので日頃買いたくても待つのが
大変で買えない「clubHarie」のバームクーヘンを買う。
先ずは、昼食を食べて映画館に。今日のお目当ては、硫黄島の攻防を描いた
2部作の第一作アメリカから見た硫黄島父親たちの星条旗」だ。
クリント・イーストウッド監督作品なのである程度覚悟はしていたが重い作品
だった。けれども、ぜひ多くの人に見てもらいたい作品でもある。特に若い人に。
簡単にいうと、米軍は、5日もあれば、落とせるだろうと考えた硫黄島の攻防に
36日も掛かってしまったという話だ。戦闘場面は、非情でむごく兵士たちは
悲惨に死んでいく。それでも、武器も人間も数において比べものにならない位
有利な米軍は、山の頂上に星条旗を掲げる事に成功する。
それを、海岸で見ていた、大尉が「あの旗を俺にくれ」と言い出し、旗は取替え
られ、写真に撮られ、本国での大勝利の証拠として新聞を飾る。
軍は、破綻しそうな財政を国債により立て直そうと写真に写っていた兵隊を帰国
させ、方々で、講演させ、あげくに張りぼての山に旗を立てる茶番まで演じさせる。
ところが、初めに星条旗を立てた兵士ではなく、2度目に大尉の命で立てた兵士達は
自分達が英雄のごとく扱われ持てはやされることに苦痛を覚えるようになる。
英雄と握手し、訪ねてくれと名刺を渡す著名人。 苦痛に思いながらも国の為
お金を集めなければならぬと言われ、茶番を演じ続ける三人。とうとうインデアン
出身の一人は精神を崩して去る。ここらは、アメリカの人種差別のきびしさが出ていた。
戦争が終わってみれば、英雄も忘れ去られ貰った名刺は、何の役にも立たず仕事も
ない。といった暗〜い映画だ。でも、今迄これほどはっきりと戦勝国アメリカの
戦争の悲惨さ、上流階級と戦争現場の兵士達との段差の大きさを描いた映画が
有っただろうか?流石、社会派のクリント・イーストウッドの監督作品だけのことはある
と思った。日本編「硫黄島からの手紙」は12月9日封切なので、ぜひ見たいと思う。
今までの悲惨さを崇高にまで高めた、日本の戦争映画とアメリカ人の監督する日本の
戦争がどういう風に描かれているのか、興味深い。
終わって出ると、夜のプランまで未だ時間があるというので、もう1本見ることに。
藤原竜也主演の「デスノート」を見る。初め、怖いんじゃないの?と思ったが
漫画みたいで軽くて、重苦しい硫黄島の後に軽く凝りをほぐすのに丁度良かった。
藤原竜也は、可愛くて好き。


さて、映画を見終わってハービスのイタリアンでディナー。今日はボジョレヌーボー
解禁日とかで頂く。こうゆう時は、ワインの一杯くらい飲めるといいのにと思う。
でも、爽やかな香りで美味しかった。 お料理も美味しかったが、お客は女の人ばかり
で、男はA君だけだった。おしゃれな感じで若い娘が好きそうな雰囲気だった。
それから、今日のメーンエベント、シャンソンのライブハウス「べコー」へ。
歩いて、20分くらい。 入ると名前のジルベルべコーの大きい写真が飾られお客も
満席近い。どうやら、シャンソン教室の生徒さんが大勢見えているみたいだった。
久し振りに生でシャンソンを聞いて楽しかった。 知っている曲もあったけれど
随分シャンソンは聴いていないので、知らない曲の方が多かった。
なかで、とても良かったのは、「鯨たち」という曲だった。
私達の高校時代は割りとシャンソンが流行っていて、イブ・モンタンの「枯葉」や
「ガレリアン」、イベット・ジローの「ポルトガルの洗濯女」「林檎とサクランボの木」
「パリの四月」とか大好きだった。ジルベル・べコーは初来日の時に聴きにいった。
「風船売り」とかが流行っていたと思う。日本人では、高英夫や芦野宏を聴きに行った。
美輪明宏も最初はシャンソンだったと思う。石井好子越路吹雪、といった大御所も
いらして、その頃は日本におけるシャンソンの黄金期ではなかったかな。
1年後輩の岡庸子さんも東京でシャンソンを歌って活躍されたと聴いている。
久し振りのライブですっかり意気高揚して、帰宅の途に着いた。
A君(これから、殿と呼ぶことに、両手にドライフラワーの殿というわけ)、楽しい
1日をありがとう。
ちなみに家に着いたのは12時だった。なんという、不良主婦だこと!!